「わたしの電車が動いてる…?それとも隣の電車が動いてる…?」
私たちの目は、時に“だまされる”ことがあります。それは錯視図形だけでなく、「物体の運動」についても同じことが言えるのです。
この記事では、日常でも体験できる“動いて見える”ふしぎな感覚について、わかりやすく紹介します。
今回の参考書籍

日常にあふれる「運動の知覚」|動いていないのに動いて見える
誘導運動とは?
電車に乗っていて、隣の電車が動き出したとき、自分の電車が動いたように感じたことはありませんか?
これは「誘導運動」と呼ばれる現象で、周囲の物体が動いていると、それに引きずられて自分が動いているように錯覚することがあります。実際には静止しているものが、あたかも動いているように見えるのです。
この現象は、視野の中に「動いているもの」と「止まっているもの」が一緒にあるときに起きやすいといわれています。脳が“相対的な動き”を見て、どちらが動いているかを判断するため、錯覚が起こるのです。
※補足:この“相対的な動き”の判断には、前回の記事で紹介した「図と地」の切り分けがカギになります。
隣の電車(=地:背景)が動いているのに、自分が乗っている電車(=図:はっきりした輪郭のある対象)が動いているように感じてしまうのは、脳が「図」としてとらえたものを優先的に“動いている”と判断してしまうからです。
運動残効とは?
しばらく同じ方向に動くものを見続けたあと、止まっているものが逆方向に動いて見えた経験はありませんか?
これは「運動残効」と呼ばれる現象です。代表的な例が「滝の錯視」で、滝をずっと見たあと、岩などの止まっている背景が上に動いているように見えます。
この現象は、脳の中にある「方向選択的細胞」とよばれる神経細胞が疲れることで起きます。ある方向の運動をずっと見ていると、その方向に反応する細胞の働きが疲労によって一時的に弱まり、反対方向の動きが強調されて見えてしまうのです。
仮現運動とは?
テレビやアニメの映像は、よく見ると「パラパラ漫画」のように、静止した画像を高速で切り替えて動いているように見せています。このような現象を「仮現運動」といいます。
特に「β(ベータ)運動」は、同じ物体が異なる場所で交互に点滅すると、まるでその物体が空間を往復しているように見える現象です。私たちの脳は、画像の切り替えを“動き”として補完してしまうのです。
※補足:この「β運動」を研究したことで有名な心理学者に、マックス・ウェルトハイマーという人物がいます。
彼は、動いているように見える“全体の知覚”に注目し、「ひとつひとつの要素」だけでなく、「全体としてどう捉えるか」が大切だと考えました。
この発想から生まれたのが「ゲシュタルト心理学」です。私たちが物事をどのように“まとまり”として理解するかを探る心理学の考え方です。
自動運動とは?
暗い部屋で、小さな穴から漏れる光の点をじっと見ていたら、動いていないのにフラフラ動いて見えた…。
これは「自動運動」という現象です。
暗闇では、空間の位置を安定させるための“基準”がないため、視線のわずかなブレや目の動きがそのまま対象の動きとして知覚されてしまうのです。また、暗所では無意識のうちに目がゆっくりと動くため、それが“動いて見える”感覚を生み出します。
まとめ|自分の感覚に注目してみる
私たちが「見ている」と思っているものは、目だけでなく脳の働きによっても形づくられています。運動の知覚は、まさにその代表的な例です。「止まっているのに動いて見える」「実際には存在しない動きが見える」──そんな体験は、脳が動きを“解釈”して見せていることを教えてくれます。
これらの現象は、日常生活の中でも体験することができます。電車やエレベーターで感じる違和感、暗い夜道での小さな光の動き、映画やアニメの映像のなめらかさ…。ちょっとした違和感やふしぎな感覚に気づいたら、それは“脳のしくみ”が働いているサインかもしれません。
運動の知覚について知ることは、単に面白いだけではなく、私たちの「感じ方」や「見え方」を客観的に理解する第一歩になります。日常の中にある小さな“ふしぎ”を楽しみながら、自分の感覚にもっと意識を向けてみましょう。
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