心理学のはじまりでは、ヴントが「意識できる心のはたらき」に注目し、内観によってこころを観察しようとしました。その後、行動主義では「外から観察できる行動」が重視され、ゲシュタルト心理学では「全体としての知覚」に目が向けられました。
そして今回のテーマは、フロイトによる精神分析学。彼は、これまでの心理学では十分に扱われてこなかった「無意識のこころ」に光を当てました。
意識では気づけない、けれど私たちの思いや行動に大きな影響を与えている“こころの深層”に注目する「精神分析学」とは、いったいどんなものなのでしょうか。
今回の参考書籍

精神分析のはじまりと基本の考え方
心を動かす“見えない力”に注目
精神分析学は、オーストリアの精神科医ジークムント・フロイトによって創始されました。フロイトが注目したのは、人間のこころの大部分が「無意識」という、自分では気づけない領域にあるという点でした。たとえば、ふとした言い間違い、名前をど忘れする、忘れ物をする──これらは単なるミスではなく、「失錯行為」と呼ばれ、無意識の働きが表に出たものと考えられます。
余談:無意識の考えはフロイトが最初?
実は、無意識の存在そのものはフロイト以前の哲学者たちも言及していました。しかし、無意識を理論として深め、心理療法に応用したのはフロイトが初めてだったといえます。
無意識が行動のカギを握る
フロイトは、ヒステリーのような心身の不調が、「無意識に抑圧された心的外傷体験(トラウマ)」によって生じると考えました。こうした体験は、あまりにもつらいために意識の奥に閉じ込められてしまいます。しかし、無意識の中でエネルギーとして残り、心や体に影響を与えるのです。
精神分析のアプローチ|こころをどうやって見る?
自由連想法:頭に浮かぶまま話す
精神分析では、心の奥にある無意識を「意識化」するために、自由連想法という方法が使われます。クライエントは寝椅子に横になり、分析家の見えない場所で「思いつくままに、なんでも話してください」と促されます。
話の内容に意味がないように見えても、実は無意識の思いや記憶がそこに反映されていると考えるのです。
夢分析:願いが映し出される舞台
もうひとつの重要な手法が夢分析です。フロイトは、夢には無意識に抑圧された欲望が現れると考え、「夢は願望の充足である」と言いました。
表に見える「顕在夢」を手がかりに、隠された「潜在夢」を読み解くことで、無意識の中にある思いや葛藤にたどり着こうとします。
抵抗と解釈:沈黙にも意味がある
クライエントが話すのをためらったり、沈黙が続いたりすることもあります。これらは、無意識の中にあるつらい記憶や感情に近づいている証拠かもしれません。
こうした反応は「抵抗」と呼ばれ、分析家はその意味を「解釈」することで、クライエントの気づきを助けます。
フロイトの後に続いた人たち
ユング:人類共通の無意識に注目
フロイトの弟子でありながら、やがて独自の道を歩んだのがカール・ユングです。彼は、個人の無意識だけでなく、「集合的無意識」と呼ばれる、人類に共通する無意識の構造を提唱しました。
たとえば各地の神話や昔話に登場する「英雄」「母」などのモチーフは、集合的無意識のあらわれだと考えられています。
アドラー:劣等感を乗り越える力
もう一人、フロイトと決別して独自の理論を築いたのがアルフレッド・アドラーです。彼は、「人は誰しも劣等感を持っており、それを克服しようとする力が成長の原動力になる」と考えました。
アドラー心理学は、現在のカウンセリングや教育の場面でもよく用いられており、人の強さと社会性に注目した考え方です。
精神分析学への批判とその意義
なぜ批判されたのか?
精神分析学は、意識心理学や行動主義、ゲシュタルト心理学など、実験心理学の立場から多くの批判を受けてきました。
その大きな理由は、精神分析が「客観的で普遍的なデータに基づいていない」という点です。無意識という概念そのものが目に見えず、測定や再現が難しいため、科学的とは言いがたいとされてきました。
そもそも“こころ”の見方がちがう
しかし、ここには心理学のアプローチの違いがあります。実験心理学は、「心を可視化する方法」に焦点をあて、行動や反応などの測定可能なデータをもとに、心を科学的に理解しようとします。一方で精神分析学は、「心に生じている現象」、つまり実際に苦しんでいる人の“病態”に向き合うものです。
これは、フロイトが精神科医であり、研究よりも実際の治療を重視していた背景が関係しています。
まとめ|精神分析は“心を科学しようとした試み”
たしかに、無意識という考えは曖昧で証明が難しいものです。しかしその一方で、一人ひとりの語りや心の動きにじっくり耳を傾け、治療的な関わりの中で“心の回復”を目指すというアプローチは、今なお臨床の現場で重要な意味を持ち続けています。
つまり精神分析学は、こころを科学的に理解しようとする先駆けであると同時に、人の苦しみに寄り添う心理療法の原点としての意義も持っているのです。
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