前回までは「知覚」についてお話ししてきました。私たちは、目や耳などの感覚を通してさまざまな刺激を受け取り、それを脳が処理することで「感じている」ことがわかりました。さらに、その過程で起こるちょっと不思議な現象についても学びましたね。
でも、私たちはただ受け身で世界を感じているだけではありません。「この文章を集中して読もう」「この人の話をしっかり聞こう」といったように、自分で“どれに注目するか”を決めていることも多いはずです。
今回の記事では、「目の前の文章に集中したいのに、音楽や雑音が気になってしまう…」という“あるある”に注目しながら、私たちの「注意」がどのように働いているのか、その基本的なしくみをやさしく解説していきます。
今回の参考書籍

注意のはじまり|「どれを意識するか」が決まるしくみ
初期選択理論|意味の前に選ばれている?
注意に関する最初の理論が、ブロードベントという心理学者によって提案された「初期選択理論」です。この理論では、脳は入ってくる情報のすべてを処理するのではなく、「意味を理解する前の段階で」どれに注意を向けるかを決めている、とされています。
たとえば、左右の耳に同時に別々のメッセージを流す「両耳分離聴」という実験では、片方の耳だけに集中するように指示されると、もう一方の耳の内容はほとんど理解できなくなります。つまり、無視すべき情報は最初から“シャットアウト”されてしまうのです。
後期選択理論|後から選ばれている?
初期選択理論が提唱された後、両耳分離聴の研究が進むと、無視するように指示された耳の側から参加者自身の名前を流すと、それには気づくことができるという、初期選択理論では説明できない現象も報告されるようになりました。
この現象は、「無視していたはずの情報」も一度は意味まで処理されていることを示しており、選ばれるのはもっと後の段階かもしれないという主張につながります。
そこでドイチェらが提唱したのが「後期選択理論」です。この理論では、「意味を理解した後に」どの情報に注目するかが決まると考えます。
「注意」の新しい視点|「集中力」はどこから来るの?
容量モデル|注意は限られたリソース
初期選択理論と後期選択理論の論争が続くなか、カーネマンという心理学者は、注意を「エネルギー」や「リソース(資源)」のようなものと捉えました。これが「容量モデル」と呼ばれる理論です。
たとえば、ひとつの難しい作業に集中しているとき、他のことがまったく頭に入ってこない──そんな経験はありませんか? これは、注意の“容量”をその作業に全部使ってしまっているから。逆に、余裕があるときには複数のことに同時に注意を向けることもできます。
知覚的負荷理論|状況によって切り替わる?
この容量モデルを改変し、初期選択と後期選択について説明しようとした考え方が、ラヴィによる「知覚的負荷理論」です。この理論は、注意の選択タイミングが状況によって変わると考えます。
たとえば、聞いているもの(中心刺激)がとても複雑で難しい場合、脳はその処理で余裕がないため、他の情報をカットする「初期選択」になります。一方で、簡単な作業のときは注意の余裕があるので、周囲の音や動きなども処理してしまい「後期選択」になるのです。
まとめ|「気がつく」「集中する」の仕組みを活かそう
注意にはさまざまな理論があり、それぞれ「どのタイミングで選ばれるか」や「どのくらいのリソースが使われるか」といった視点から説明されています。
初期選択理論では「意味の前に選ぶ」、後期選択理論では「意味のあとに選ぶ」とされ、さらに容量モデルや知覚的負荷理論では、「集中力の量」や「状況による変化」が重視されます。
このような理論を知ることで、たとえば「集中できないときは、作業を少し難しくすると周囲が気にならなくなるかも」といった工夫ができるようになります。日常生活でも、「今、どこに注意を使っているんだろう?」と自分の状態を意識することで、気づきや集中の質を少しずつ高めていけるはずです。
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