「目で見たはずなのに、耳で聞いたことに影響される」「本物じゃないのに、そこに感覚がある気がする」──そんなふうに、私たちの五感が影響し合うふしぎな現象を体験したことはありませんか?
この記事では、五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)が相互に干渉し合う「クロスモーダル知覚現象」について、日常で感じる例を交えながら、やさしく解説していきます。
初めてこの言葉を聞いた方でも、「あ、これ知ってるかも!」と思える身近な例を通して、感覚の仕組みや錯覚の不思議に触れてみましょう。
今回の参考書籍

クロスモーダル知覚の基本|五感がぶつかり合う?
クロスモーダル知覚ってなに?
クロスモーダル知覚とは、異なる感覚同士(モダリティ)がお互いに影響を与えて、感じ方が変わってしまう現象のことです。
たとえば、「『ば』と発音している映像と『が』という音声を同時に流すと、『だ』と言っているように知覚される」などのように、一つの感覚が他の感覚に引っ張られるような体験です。
別の言い方をすると、「体験していない感覚が、あたかも起こっているかのように感じること」とも言えます。私たちはふだん、感覚を別々に感じていると思いがちですが、実は五感は密接につながっていて、一つの感覚が他の感覚を“だます”こともあるのです。
なぜそんなことが起きるの?
これは、脳が情報を処理する時に複数の感覚をまとめて判断しようとするためです。脳はとても効率的に動いていて、目・耳・手など、いろんな場所から入ってきた情報を“総合的に”受け取って、状況を理解しようとします。そのため、異なる感覚が互いに補い合ったり、時には干渉し合ったりすることで、実際とは違う感覚が生じてしまうのです。
代表的なクロスモーダル現象|多感覚が混ざる瞬間
マガーク効果:「聞こえ方」が変わる?
先ほど紹介したように、「ば」と言っているように見える人の映像に、「が」という音を重ねると、不思議なことに私たちは「だ」と聞こえてしまいます。これが「マガーク効果」と呼ばれる現象です。
目からの情報(視覚)と耳からの情報(聴覚)が食い違うと、脳は刺激をその中間に“補正”しようとして、新しい音に変換してしまうのです。
この効果は、テレビの吹き替えやズレた動画再生などでも感じられることがあります。「音はちゃんと聞こえてるのに、なんか違和感がある」と感じたら、マガーク効果が働いているのかもしれません。
腹話術効果:「あの人形、話してる?」
口の動きと声が一致していると、たとえ実際には人形がしゃべっていなくても、声の出どころを“人形”と錯覚してしまうことがあります。これを「腹話術効果」と呼びます。
これは、視覚と聴覚の位置情報がずれることで起きる現象です。私たちの脳は「口が動いているから、音も口から出ている」と判断しやすいため、実際の音源(腹話術師)よりも、人形のほうに意識が引き寄せられるのです。
ラバーハンド錯覚:自分の手じゃないのに…
作り物の手(ゴムの手など)に、自分の本当の手と同じような触り方をされると、その作り物の手が“自分の手”のように感じられることがあります。これは「ラバーハンド錯覚」と呼ばれる、触覚と視覚のクロスモーダル現象です。最終的にゴムの手をハンマーで叩かれるドッキリ映像でも有名ですね。
実際に触られているのは自分の手なのに、視覚として見ているのは偽物の手。この感覚の一致が、脳に“身体所有感覚(自分の身体が自分のものであるという感覚)の錯覚”を起こさせるのです。VR体験や義手の研究でも活かされている、不思議だけど重要な知覚現象です。
感覚は「協力」もする|形と音の結びつき
ブーバとキキのふしぎ
次の2つの言葉と図形の説明を見て、どちらがどちらの形に合うと思いますか?
- 「ブーバ(bouba)」
- 「キキ(kiki)」
- 角のない、丸っこい図形
- 尖った角がたくさんある図形
不思議なことに、国籍や文化を越えて多くの人が、「ブーバ」は丸、「キキ」は尖っている形を選びます。これは「ブーバ・キキ効果」と呼ばれるもので、音の響きと視覚的な形のイメージが自然と結びつくことを示しています。
なぜそんなふうに感じるの?
「ブーバ」はやわらかく、まるい音の響きがあり、「キキ」は鋭くて強い響きがあります。脳はこうした音の特徴から、感情や印象、形のイメージを連想することがあります。これは広告やデザイン、ネーミングなどにも活かされており、言葉選びが印象に大きく影響を与える一例です。
まとめ|勝手に情報を書き換える脳
私たちはふだん、五感をそれぞれ独立して使っているように思えますが、実は五感は絶えずお互いに影響し合いながら働いています。音が味を変えたり、見た目が温度の感覚を変えたりすることもあるのです。
この記事で紹介した現象(マガーク効果、腹話術効果、ラバーハンド錯覚、ブーバ・キキ効果)は、どれも脳が「より正確に」「よりスムーズに」環境を理解しようとしている証です。そしてそれが、ときに錯覚や不思議な体験として現れるのです。
この知識を持って日常を見つめてみると、「じつは脳の勘違いだったのかも?」という場面に気づけるようになります。感覚の仕組みを知ることで、自分の感じ方のクセにも少しずつ気づいていけるかもしれません。
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